成年後見制度の法改正で何が変わる?弁護士がわかりやすく徹底解説
認知症や障害などによって判断能力が十分でない方について、成年後見人等が
判断をサポートしたり、代わりに契約等を行うことを通じて、その方の権利や資
産を守る「成年後見制度」は、現在の日本において欠かせない枠組みであり、今
後もニーズの増加が想定されます。
他方で成年後見制度は、「一度始めると本人が亡くなるまでやめられない」「
相続手続きのためだけに利用したのに、専門職への報酬がずっと発生する」とい
うものであり、利用をためらうようなこともありました。
こうした現場の課題を受けて、2026年6月、成年後見制度の抜本的な見直しを
定めた改正法(民法等の一部改正法)が国会で可決・成立しました。
本稿では、日常的に相続や財産管理のトラブル解決にあたっている弁護士の立
場から、今回の法改正で何がどう変わるのか、実務にどのような影響を与えるの
かを深く掘り下げて解説します。
1 成年後見制度の法改正における4つの重要ポイント
今回の法制度改革の根本にあるのは、高齢化の進展や、家族の在り方の多様化
を受け,成年後見制度のニーズの増加や多様化が進んだこと,また判断能力が低
下している場合であっても,自己決定権を尊重すべきとの理念です。
具体的には、実務に大きなインパクトを与える4つの変更点が存在します。
⑴ 期間限定の支援
これまでの制度運用において最大の障害となっていたのが、一度後見人がつく
と本人の判断能力が回復しない限り、亡くなるまで制度の利用が辞めることがで
きないという点にありました。制度の利用をやめることができないため、後見人
の報酬が発生し続け(後見人の報酬については後述)、また本人の自己決定権の
尊重という観点からも問題がありました。
改正法ではこの一律的な運用が改められ、支援が必要となった理由(特定の目
的)が達成された場合には、家庭裁判所の判断によって制度の利用を途中で終了
できるようになります。そこで、「遺産分割協議を行う間だけ」「自宅不動産を
売却して施設入居費を作れるまで」といった、目的を絞った期間限定の利用が正
式に認められることになります。
⑵ 複雑な3類型の廃止と「補助」制度への一本化
現行法では、本人の判断能力の程度に応じて、判断能力の低下が重い順に、「
後見」「保佐」「補助」という3つの区分に分かれていました。特に「後見」と
判定されると、後見人は包括的な財産管理権限を持ちますし、後見人が契約等を
行った場合には、成年後見人が後に取り消すことが可能になっています。こうい
った広範な権利の制限は、本人の保護に資する側面もある一方、本人の意思決定
を過剰に奪ってしまう側面が否定できませんでした。
新しい制度では、この3つの区分が取り払われ、「補助」をベースとした単一
の支援制度へ改編されます。本人の状態を固定的な枠組みに当てはめるのではな
く、「個別の状態に合わせてどのような手助けが必要か」を柔軟に設計する仕組
みに変わります。
⑶ 支援権限(代理権・同意権)の厳格な限定化
一元化される新しい仕組みの下では、支援者(旧後見人等)に与えられる権限
の範囲が大幅に絞り込まれます。
いままでは、補助、保佐、後見などの類型に応じて、後見人ができる行為や、
本人が行うことが制限される行為が決まっていましたが、新しい制度では、裁判
所は「本人が自力で行うことが困難な特定の法的行為」についてのみ、ピンポイ
ントで代理権や同意権を付与します。例えば、「この銀行口座の解約手続きと、
この不動産の売買契約に限って代理権を与える」という形になります。
本人が自分で判断できる余地を可能な限り残し、本人の自己決定権に対する必
要以上の制限を防止するものです。
⑷ 支援者の交代プロセスの柔軟化
これまでは、裁判所に選任された弁護士や司法書士などの専門職後見人を途中
で変更することは、後見人による横領や著しい義務違反というような、後見人の
側に明確な解任理由がない限り、困難でした。そのため、親族と専門職の間で方
針が対立したり不信感が募ったりしても、上記にあたる事実が明確にない限りは
後見人を交代させることは困難でした。
新しい制度では、本人の生活環境の変化や親族との関係性、本人の希望などを
考慮し、例えば補助人が本院と面談を行わないなどの事情があり、本人が適切な
保護を受けることができないような場合には、裁判所の適切な判断によって、支
援者を交代できる手続きが組み込まれます。
2 遺産相続で成年後見が必要となった際の従来のデメリット
それでは、これまでの制度と新しい制度の違いについて、具体例を交えて説明
します。
例えば、誰かが亡くなり遺産相続が発生した場合に、相続人中に認知症で判断
能力が著しく低下している方がいると、そのままでは遺産分割協議を進めること
ができません。法律上、意思能力のない状態で行われた協議や契約は無効とされ
るためです。
そのため、従来はこういった場合に、預金の解約や不動産の名義変更や売却と
いうような相続手続きを完了させるためには、成年後見人を立てざるを得ません
でした。
しかし、ここに大きな落とし穴が存在していました。
一番のネックは、前述した「一時的な目的のために始めたのに、途中でやめら
れない」という点です。無事に遺産分割協議が終わり、本人の相続分が確定した
としても、後見人の仕事はそこで終わりません。本人が亡くなるその日まで、何
年、時には何十年にわたって財産管理が継続します。
これに伴う最大の痛手が、長期間にわたる専門職後見人への報酬コストの支払
いです。親族ではなく第三者の弁護士や司法書士が後見人に選任された場合、本
人の財産額に応じて月額報酬(およそ月2万円〜6万円程度)が設定されます
。 仮に毎月3万円の報酬が発生すると、年間で36万円、10年間制度が続け
ば累計で360万円という多額の資産が本人の口座から失われていくことになり
ます。
遺産分割という一つのタスクをこなすための代償としては、あまりに重い負担
でした。
3 遺産相続における具体的なケースと費用構造の変化
では、今回の法改正が施行されると、遺産相続の現場におけるトラブル対応や
費用感はどのように変化するのでしょうか。具体的な2つの場面を想定して比較
してみます。
【ケース1:遺産分割協議の成立と名義変更】
高齢の父親が亡くなり、相続人は母親(認知症が進行)と子ども2人。父親名義
の預貯金や不動産を分けるため遺産分割協議が必要だが、母親の意思確認ができ
ないケース。
・従来の制度: 母親に成年後見人を選任して遺産分割協議を行う。協議が無事
に終了した後も後見人の選任状態は解除されず、母親が亡くなるまで毎月の専門
職報酬が発生し続ける。
・改正後の制度: 「遺産分割協議およびこれに伴う相続手続き」に範囲を限定
して支援者を選任。協議と名義変更手続きが完了した段階で、家庭裁判所に終了
の申し立てを行い、利用を終えることが可能になる。
【ケース2:相続した不動産の売却と介護資金の確保】
認知症の母親が相続により実家不動産を取得したが、母親自身はすでに介護施設
に入所中。空き家となった実家を売却して今後の施設利用料に充てたいケース。
・従来の制度: 不動産売却のために後見人を選任。売却による高額な報酬が後
見人に発生する上、売却完了後も後見人の管理が続き、毎月後見人報酬が引かれ
続ける。
・改正後の制度: 「実家不動産の売買契約およびそれに伴う諸手続き」の代理
権のみを付与された支援者を立てる。売却手続きと代金の受領・口座振込が完了
した時点で目的達成とみなされ、制度の利用を終了させることが可能になる。
このように費用面における変化は大きく、後見人等(新しい制度では補助人
)を選任する経済的・心理的ハードルは格段に下がることになります。
4 施行を待つべきか、今すぐ家族信託などで対策を講じるべきか
制度がこれほど使いやすく改善されるのであれば、「法改正が実際にスタート
するまで対策を見送り、変わってから成年後見を利用すれば良いのではないか」
と考える方も少なくありません。
しかし、もともと成年後見制度の目的は、「本人の現在の財産を守ること」に
あり、この点は新しい制度においても変わりません。そのため、本人の利益にな
らない、家族全体の利益を考えた資産運用や節税対策は、依然として困難です。
今までも「子どもや孫への生前贈与を進めて相続税を抑える」といった財産活用
は、本人の直接的な権利保護にならないとして、後見人が行うこと困難でしたし
、それについては今後も変わらないものと思います。
また、法律の改正は2026年になされましたが、実際の施行は、公布から2
年6カ月以内とされており、実際に新しい制度が施行されるまでには相応の時間
があります。しかし、認知症の進行は、法律の施行を待ってはくれません。もし
施行までの数年の間に親の判断能力が著しく低下してしまえば、本人の自発的な
意思に基づく生前対策は一切できなくなります。結果として、旧制度の適用を受
けることにもなりかねません。
そこで、親などの被相続人の判断能力が低下するよりも前に、低下してしま
った後の財産管理の方法や、資産の承継の仕方を考えるのであれば、法の施行を
ただ待つのではなく、「家族信託」や「任意後見契約」などの事前の対策を検討
する必要があります。
「家族信託」とは、本人が健全な判断力を持っているうちに、将来の財産管理
や処分の権限を信頼できる子どもなどに託しておく契約です。裁判所の干渉を受
けることなく、あらかじめ定めた契約内容に従って、家族の判断だけで実家の売
却や資産の運用、柔軟な介護資金の捻出が可能になります。また「任意後見」制
度も、判断能力があるうちに、本人が将来の支援者と支援内容を定めておくもの
です。
今般成立した成年後見制度の法改正により、成年後見制度を利用するハードル
は大きく下がり、本人や家族にとって利用しやすい制度になりました。しかし、
新しい制度も「すでに判断能力が低下してしまった後の事後的な救済措置」であ
るという事実に変わりはありません。
家族や本人意向を踏まえた柔軟な対応を希望する場合には、やはり、本人が
元気なうちに「家族信託」や「任意後見契約」を検討する必要があります。早期
の準備こそが、大切な家族と財産を守るための最も確実な手立てとなるため。ま
ずは相続や財産管理に詳しい弁護士などの専門家へご相談されることをお勧めい
たします。
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